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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)10312号 中間判決 1987年6月23日

原告

井上宏

外二四名

原告ら訴訟代理人弁護士

尾崎行信

桃尾重明

原田進安

松尾真

河原勢自

難波修一

被告

株式会社大韓航空

日本における右代表者

崔東彬

右訴訟代理人弁護士

外山四郎

西迪雄

田中和彦

伊佐次啓二

坂井豊

主文

原告らの本件訴えに関する被告の本案前の主張は理由がない。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告ら各自に対し、別紙原告別請求額一覧表合計額欄記載の金員並びにうち同表相続損害額欄及び固有慰謝料額欄記載の各金員に対する昭和五八年九月一日から、うち同表葬儀関係費用欄及び弁護士報酬欄記載の各金員に対する昭和六〇年九月二八日から各支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告の本案前の申立

1  本件訴えをいずれも却下する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告らは、別紙被害者目録記載の者(以下「本件被害者ら」という。)とそれぞれ同目録記載のとおりの身分関係にある。

(二) 被告は、航空機により有償で行う旅客、手荷物又は貨物の国際運送等を業とする大韓民国商法により設立された株式会社である。

2  国際運送契約の締結

本件被害者らは、被告との間で、それぞれ、出発地をアメリカ合衆国ニューヨーク、予定寄航地を同国アンカレッジ及び大韓民国ソウル、到達地を日本国東京又は大阪とする、航空機による旅客運送契約(以下「本件運送契約」という。)を締結し、昭和五八年(一九八三年)八月三一日、本件運送契約に基づき、被告の運航する〇〇七便ボーイング七四七―二〇〇ジェット旅客機(以下「本件事故機」という。)に乗客として搭乗するとともに、その手荷物を預託した。

3  事故の発生

本件事故機は、昭和五八年(一九八三年)八月三一日一八時二六分ころ(グリニッジ標準時。以下同じ。)、ソビエト社会主義共和国連邦(以下「ソビエト連邦」という。)領空内のサハリン島西南、モネロン島沖合、北緯四六度三五分東経一四一度二〇分付近において、ソビエト連邦防空軍戦闘機の発射するミサイルにより撃墜された。その結果、本件事故機に搭乗していた本件被害者らを含む乗客及び乗員の全員が、そのころ死亡した(以下「本件事故」という。)。

4  本件事故の原因

本件事故機は、アメリカ合衆国ニューヨークを出発し、同国アンカレッジに寄航し、アンカレッジを離陸後J五〇一ルートを経て北太平洋複合ルートシステムの最北端に位置するR二〇ルートに入り、大洋航路(OTR)一を経て日本国上空を通過し、大韓民国ソウルに到着する予定であつた。

しかるに、本件事故機は、昭和五八年(一九八三年)八月三一日一三時(以下、時刻のみ記載する。)、アンカレッジ離陸後約一〇分を経過した時点で、R二〇ルートのベセルに向かう航路を逸脱し、アンカレッジ空港監視レーダーサービスの終了する一三時二七分には北に六マイル、本件事故機がベセル通過をアンカレッジセンターに報告した一三時四九分には北に一二マイル、それぞれ予定航路から逸脱し、さらに、その後も予定航路を北に逸脱して、ソビエト連邦が管制する南サハリン/カムチャツカ・ペトロパブロフスク飛行情報空域に進入し、ついには、カムチャツカ半島及びサハリン島並びにその周囲のソビエト連邦領海上の同国の領空を侵犯するに至つた。

そのため、本件事故機は、サハリン島付近の上空でソビエト連邦防空軍の迎撃を受けて、撃墜されたものである。

5  被告の責任

本件事故機には、リットン社製慣性航法装置(Inertial Navigation System)が装備されており、予めこれに予定航路上の通過地点を入力しておくことにより、同地点の通過及び自機の現在地を正確に知ることができ、また、本件事故機の予定航路においては、アンカレッジ空港監視レーダー、ケナイ航路監視レーダー、カイルン山無方位ビーコン、ベセルVORTAC、セントポール島NDB及びDME、シエミアVORTAC等航法援助施設が存在しており、これら諸施設を利用することにより、自機の現在地を容易に知ることができたものであるにもかかわらず、本件事故機は前記のとおり予定航路を逸脱して飛行したのであるから、被告の使用人である本件事故機の機長、副操縦士及び航空機関士には右航路逸脱について故意又は重過失があるというべきである。そして、本件事故機は、右航路逸脱によりソビエト連邦領海上の同国の領空を侵犯し、その結果、ソビエト連邦防空軍によつて撃墜されたものであるから、被告は、国際航空運送についてのある規則の統一に関する条約(昭和二八年条約第一七号。以下「ワルソー条約」という。)一七条に基づき、本件事故によつて本件被害者ら及び原告らの被つた損害を賠償すべき責任がある。

6  損害

本件被害者ら及び原告らが、本件事故により被つた損害は次のとおりである。

(一) 本件被害者らの各損害

(1) 本件被害者らの各逸失利益

本件被害者らの各逸失利益の算定根拠は、別紙請求額計算書〔1〕ないし〔13〕記載のとおりであり、その額は、少なくとも同各計算書逸失利益欄記載の金額を下らない。

(2) 本件被害者らの物損

本件被害者らが保有していた現金、所持品等の損害額は、少なくとも別紙請求額計算書〔1〕ないし〔13〕物損欄記載の金額を下らない。

(3) 本件被害者らの慰謝料

本件被害者らが、迎撃を受けてから死亡に至るまでの恐怖及び本件事故により死亡したことによる悲嘆、痛恨は計り知れないものであり、その精神的苦痛に対する慰謝料は、それぞれ金四〇〇〇万円を下らない。

(4) 原告ら(原告柄澤紫朗、同柄澤幸、同セリア・フランクリン・ドローン、同ポール・シェパード・ドローンを除く。)は、本件被害者らの右(1)ないし(3)記載に係る各損害賠償請求権を、それぞれの法定相続分に従い、別紙原告別請求額一覧表相続損害額欄記載のとおり相続した。

(二) 原告ら固有の慰謝料

原告らは、本件被害者らの死亡について、それぞれ甚大な精神的苦痛を被つた。原告らの右精神的苦痛に対する慰謝料は、それぞれ別紙原告別請求額一覧表固有慰謝料額欄記載の各金員の額を下らない。

(三) 原告らの葬儀関係費用

原告らが支出した葬儀関係費用は、別紙原告別請求額一覧表葬儀関係費用欄記載の各金員の額を下らない。

(四) 弁護士費用

原告らは、それぞれ本訴の提起及び追行を弁護士に委任し、請求額の一〇パーセントに相当する金額を報酬として支払うことを約したが、これは、本件事故と相当因果関係にある損害として、いずれも被告が賠償すべき損害である。

よつて、原告らは、被告に対し、ワルソー条約一七条に基づき、原告らが被つた損害のうち、別紙原告別請求額一覧表合計額欄記載の金員並びにうち同表相続損害額欄及び固有慰謝料額欄記載の各金員に対する損害の発生した日である昭和五八年九月一日から、うち同表葬儀関係費用欄及び弁護士報酬欄記載の各金員に対する訴状送達の日の翌日である昭和六〇年九月二八日から各支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告の本案前の主張

原告らは、本件訴訟に先立ち、被告を相手方として、アメリカ合衆国コロンビア特別区連邦地方裁判所に本件事故に係る損害賠償請求訴訟を提起し、同訴訟は現在コロンビア巡回区連邦控訴裁判所に係属しており、更に、原告井上宏、同井上哲、同中尾勤及び同中尾香代子は、本件訴訟に先立ち、被告を相手方として、カナダ国オンタリオ地方裁判所に本件事故に係る同種の訴訟を提起し、同訴訟は現在同裁判所に係属している。

ところで、本件被害者らは、被告との間で、それぞれ、出発地をニューヨーク又はトロント若しくはモントリオール、到達地を東京とする本件運送契約を締結したものであるところ、アメリカ合衆国、カナダ及び日本は、いずれもワルソー条約を批准しているのであるから、本件運送契約に基づく運送は同条約一条にいう「国際運送」に該当し、これについては同条約が適用される。同条約によれば、以下に述べるように、原告らの本件訴えは不適法というべきであり、却下されなければならない。

1  ワルソー条約二八条一項は、「責任に関する訴は、原告の選択により、いずれか一の締約国の領域において、運送人の住所地、運送人の主たる営業所の所在地若しくは運送人が契約を締結した営業所の所在地の裁判所又は到達地の裁判所のいずれかに提起しなければならない。」と規定するが、同条項の文理、即ち「原告の選択により、いずれか一の締約国の領域において」右四か所の土地の「裁判所のいずれかに」提起しなければならないとしていることに照らすと、同条項は、原告に右の四か所の土地のいずれの裁判所にも訴えを提起することを許容したものではなく、原告は、右の四か所の土地のいずれか一の裁判所を選択して、これに訴えを提起しなければならないとするものであることが明らかである。

2  また、ワルソー条約は、締約国間における国際航空運送から発生する紛争につき、これにかかわる国が多数であることから、その訴訟手続及び解決を明確かつ統一的に規律することを趣旨の一として締結されたものであり、同条約二八条一項は、これを受けて前記のとおり規定し、同条約の適用のある運送に関する損害賠償請求訴訟を提起できる裁判所を右の四か所に限定し、これにより、国際裁判管轄の有無についての疑義を解消し、かつ、裁判管轄を限定することによつて運送人を保護するとともに、到達地に裁判管轄を認めることによつて旅客等を保護して、運送人及び旅客等の双方に運送人の責任に関する訴えの提起について予測可能性と安定性を与えているのである。このような同条項の趣旨、目的に照らすと、原告は、同条項所定の四か所の土地のいずれか一の裁判所を選択して、これに訴えを提起しなければならないというべきであつて、同条項をもつて、原告に右の四か所の土地それぞれの裁判所に複数の訴えを提起することを許容した規定と解することはできない。

原告は、一定の紛争について複数の主権国家が管轄権を有するため国際的二重訴訟が生じうることは常識であつて、ある条約において右二重起訴禁止の取極めがなされる場合には、当該条約中にその趣旨が明確にされていなければならない旨主張するが、そもそも国際的二重訴訟が生じうることが常識であるといいうるか疑問であり、また、仮に一定の紛争について国際的二重訴訟が生じうるとしても、条約において、一定の訴えについて国際的裁判管轄を定めている場合には、可能な限り裁判権の重複を避けて国際的二重訴訟を防止し、紛争の統一的解決を図るべく解釈するのが、国際法上の理念に合致するというべきである。

3  したがつて、ワルソー条約二八条一項は、その文理及びその趣旨、目的に照らすと、いずれの国家において訴えを提起すべきかという国家の裁判権(国際的裁判管轄権又は一般管轄権)の帰属を明らかにした規定と解すべきであつて、単に同条項所定の四か所の土地の裁判所に裁判管轄を認めただけの規定ではないというべきである。

原告らは、同条項は、所定の四か所の土地の裁判所に裁判管轄を認めた規定であるというにとどまり、そのうちの二以上の裁判所で同時に訴えを提起しうるか否かは、同条項の規定するところではなく、国際民事訴訟法の問題であるとして、民事訴訟法二三一条を援用するが、右に述べたように、ワルソー条約二八条一項は、所定の四か所の土地のいずれか一の裁判所のみに訴えを提起しなければならないとして、国家の裁判権の帰属を明らかにしているのであるから、そもそも民事訴訟法二三一条とは関わりがないというべきである。仮に、原告らが主張するように二以上の裁判所に重複して訴えを提起しうるか否かが国際民事訴訟法の問題すなわち当該国の国内法の問題であるとすると、それぞれの国の国内法(民事訴訟法)により重複した訴え提起の可能性についてその取扱いが異なることになるが、ワルソー条約が、このような事態を想定しているものとは到底解し難いところである。

三  被告の本案前の主張に対する原告らの主張

原告らが本件訴訟に先立ち被告を相手方としてアメリカ合衆国コロンビア特別区連邦地方裁判所に本件事故に係る損害賠償請求訴訟を提起し、同訴訟は現在コロンビア巡回区連邦控訴裁判所に係属しており、更に、原告井上宏、同井上哲、同中尾勤及び同中尾香代子が本件訴訟に先立ち被告を相手方としてカナダ国オンタリオ地方裁判所に本件事故に係る同種の訴訟を提起し、同訴訟は現在同裁判所に係属していること、本件運送契約に基づく運送についてはワルソー条約が適用されることは、被告の主張するとおりであるが、被告の本案前の主張は、以下に述べるように失当である。

1  ワルソー条約二八条一項において、「裁判所のいずれかに提起しなければならない」との文言は、同条項所定の四か所の土地以外の土地の裁判所に訴えを提起することを制限したもので、右の四か所の土地の裁判所であればそのいずれに訴えを提起することもできる旨を定めたにとどまり、それ以上に、右の四か所の土地のいずれか一の裁判所を選択して、これに訴えを提起しなければならないことを意味するものではない。

2  司法権は、各国の不可侵の主権の一部であり、一定の紛争について複数の主権国家が管轄権を有するため国際的二重訴訟が生じうることは常識であつて、ある条約において右二重起訴禁止の取極めがなされる場合には、当該条約中にその趣旨が明確にされていなければならないというべきである。

ワルソー条約二八条一項が、被告の主張するような趣旨、目的で設けられたものであることに異存はないが、同条約において二重起訴禁止の趣旨が明確に規定されていないのであるから、同条項の趣旨、目的をもつて、当然に被害者が同条項所定の四か所の土地のいずれか一の裁判所のみに訴えを提起しなければならないとまではいうことができない。

3  したがつて、ワルソー条約二八条一項は、所定の四か所の土地の裁判所に裁判管轄を認めた規定であるというにとどまり、そのうちの二以上の裁判所で同時に訴えを提起しうるか否かは、同条項の規定するところではなく、国際民事訴訟法の問題であるというべきである。そして、民事訴訟法二三一条に規定する裁判所とはわが国の裁判所を指し、外国裁判所を含まないと解すべきであるから、外国裁判所及びわが国の裁判所のいずれにも裁判管轄が認められる事件について、外国裁判所に既に訴訟が係属している場合にわが国に重ねて訴えが提起されたからといつて、そのことだけでわが国における訴えが二重起訴に該当するとしてこれを却下することはできない。国内で二重起訴を禁止する理由である判決の抵触の防止あるいは訴訟経済の理念は、外国裁判所の判決がわが国で承認されることを前提としてはじめて、外国での訴訟係属が妨訴抗弁たりうる根拠として妥当するのである。

本件訴訟については、ワルソー条約二八条一項により、わが国の裁判所に管轄が認められているのであるから、本件事故について既に外国に訴訟が係属していることをもつて、直ちに本件訴訟が不適法であるとはいえない。

第三  証拠<省略>

理由

一本件訴訟は、本件被害者らと被告との間で、出発地をニューヨーク(あるいは、ニューヨーク又はトロント若しくはモントリオール)、到達地を東京として、それぞれ締結された運送契約に基づく航空運送中に生じた本件被害者らの死亡等による損害につき、その遺族である原告らから被告に対して賠償を求めるものであるところ、ワルソー条約一条によれば、出発地及び到達地が二の締約国の領域にある運送は国際運送として、これについてはワルソー条約を適用するものとされており、アメリカ合衆国、カナダ及び日本は、いずれもワルソー条約を批准しているのであるから、本件運送契約に基づく航空運送は右の国際運送に該当し、これについてはワルソー条約が適用されることになる。

二被告は、本案前の主張として、同条約二八条一項は、その文理及びその趣旨、目的に照らして、いずれの国において訴えを提起すべきかという国家の裁判権の帰属を明らかにしたものであり、これにより、原告らはいずれかの一の締約国の領域における同条項所定の四か所の土地のいずれか一の裁判所のみを選択してこれに訴えを提起しなければならないと解すべきところ、原告らは、本件訴訟に先立つて、被告を相手方としてその責任に関する訴えをアメリカ合衆国コロンビア特別区連邦地方裁判所又はカナダ国オンタリオ地方裁判所に提起し、これらの訴訟が係属(ただし、前者は控訴によりコロンビア巡回区連邦控訴裁判所に係属)しているのであるから、更に日本において、被告の責任に関する訴えである本件訴訟を提起することは許されない旨主張する。

原告らにおいて、本件訴訟に先立ち、被告を相手方として、アメリカ合衆国コロンビア特別区連邦地方裁判所に本件事故に係る損害賠償請求訴訟を提起し、同訴訟が現在コロンビア巡回区連邦控訴裁判所に係属していること、並びに原告井上宏、同井上哲、同中尾勤及び中尾香代子において、本件訴訟に先立ち、被告を相手方として、カナダ国オンタリオ地方裁判所に本件事故に係る同種の訴訟を提起し、同訴訟が現在同裁判所に係属していることは、いずれも当事者間に争いがない。

そこで、以下被告の右主張の当否について検討する。

1  ワルソー条約二四条によれば、本件訴訟のような運送人の責任に関する訴えは、同条約で定める条件及び制限の下にのみ提起することができるものとされ、同条約二八条一項は、「責任に関する訴は、原告の選択により、いずれか一の締約国の領域において、運送人の住所地、運送人の主たる営業所の所在地若しくは運送人が契約を締結した営業所の所在地の裁判所又は到達地の裁判所のいずれかに提起しなければならない。」と規定している。

2  まず、同条約二八条一項の文理についてみるに、同条項の中心は、運送人の責任に関する訴えは、締約国の領域内にある(一)運送人の住所地、(二)運送人の主たる営業所の所在地若しくは(三)運送人が契約を締結した営業所の所在地の裁判所又は(四)到達地の裁判所のいずれかに提起しなければならないとした点にあり、「いずれか一の締約国の領域において」とは、右(一)ないし(四)の土地が、それぞれ、いずれか一の締約国の領域になければならないことを定めたものと読むこともできるのであつて、必ずしも、被告の主張するように、一義的に、同条項が、原告において右(一)ないし(四)の土地のいずれか一の裁判所のみを選択してこれに訴えを提起しなければならず、かつ右一の裁判所に訴えを提起したときはもはや右(一)ないし(四)の土地にある他の裁判所に訴えを提起することができないことを文理上明らかにしたものとは、解することができない。

3 したがつて、同条項が、原告において右(一)ないし(四)の土地のいずれか一の裁判所のみを選択してこれに訴えを提起しなければならないことを規定したものであるか否かについては、同条項の趣旨、目的、同条約における他の規定との関係等に照らして、これを判断しなければならないというべきである。以下この点について検討する。

(一) ワルソー条約二八条一項は、同条約の適用のある国際運送に係る運送人の責任に関する訴えにつき、その裁判管轄を各国の国内法にのみ委ねていたのでは、非締約国の裁判管轄が認められることにより同条約が適用されない場合がありえないではなく、また、その内容によつては旅客等の利益を保護しえない事態が生ずることもありうることから、右訴えを提起できる裁判所を締約国の領域内の右(一)ないし(四)の土地の裁判所に限定し、これにより、同条約の適用を確保するとともに、国際裁判管轄の有無についての疑義を解消した規定であるということができる。そして、その結果、右訴えの裁判管轄が限定されることになるから、運送人にとつても、その責任に関する訴えが提起された場合に応訴すべき裁判所を予測することが可能となり、また、所定の四か所の土地以外の土地の裁判所に応訴を強いられることはないという意味で運送人の右予測を確保することになるのである。

(二) そもそも同一国内における二重起訴が禁止されるのは、ひとつの事件について一の判決をすれば、同一国内では、右確定判決の効力につき、制度的に同一の通用力が認められるから、既に訴訟係属している事件と同一の事件について重ねて訴えの提起を許すことは、裁判所や当事者にとつて不経済かつ無益であるばかりでなく、同一事件について矛盾した判決が出された場合には、確定判決の効力が抵触して混乱を生じるなどの弊害があるからである。

しかし、国際的な二重訴訟の場合に、一国においてなされた判決が他国においてその効力について通用力を認められるか否かは、他国の外国判決の承認に関する規定に従うことになるのであるが、右規定は各国によりその内容が異なり、一国においてなされた判決が当然に他国においてその効力について通用力を認められるものではないから、国際的な二重訴訟の場合にはこれを禁止すべき制度的な前提を欠くものといわなければならない。ことに、既に他国の裁判所に係属している事件と同一の事件につき訴えが提起されても、後訴が提起された国の外国判決の承認要件によれば前訴の係属している他国の判決が承認される可能性が全くない場合には、二重起訴を認めたことによる前記のような弊害は生じないのみならず、被告の財産が二以上の国にまたがつて存在し、かつ、前訴の係属した国における給付判決の執行によつては十分な満足を得ることができないようなときには、後訴を二重起訴に当たるとしてこれを却下するとすれば、原告の保護に欠ける不合理な結果が招来されることになるから、後訴を適法な訴えと認めることが原告の権利保護のため必要であるといわなければならない。

(三) これをワルソー条約についてみるに、同条約の全締約国相互間において、各国の国内法上他の締約国で下された判決が承認、執行されることが保障されているわけではない(現に、我が国の民事訴訟法も、外国裁判所の確定判決が承認される場合を同法二〇〇条の要件を充たす場合に限つている。)。したがつて、仮に同条約が国際的二重訴訟を認めない立場をとるのであれば、それによつて前記の不合理が生じないような規定、すなわち、同条約二八条一項により管轄の認められる裁判所によつて終局判決がなされた場合、当該裁判所の属する国における運送人の資産が判決の執行に十分でないときに運送人の資産の存する締約国における当該判決の執行を保障する規定を置いたであろうと考えるのが合理的である。しかるに、同条約は、このような保障の規定を一切欠いていることからすれば、条約中に明示の規定がない(二八条一項の文理から当然に解することができないことは、前述したとおりである。)にもかかわらず、同条約が国際的二重訴訟を禁じているものと解することはできない。

このように、ワルソー条約が国際的二重訴訟を許容する立場をとるものと解しても、運送人に対してその責任に関する訴えを提起できるのは、同条約二八条一項に規定する裁判所に限られるのであるから、前記の意味での運送人の予測を失わせるものとはいえない。

また、右のように解する結果、運送人は同一旅客に係る責任の訴えにつき複数の裁判所での応訴を余儀なくされる危険を負うことになるが、これによる不利益を二重訴訟を認めない場合に旅客に生ずる前記の不合理に優先させるべきものと解すべきではなく、右不利益は同条約が二重訴訟を禁じない立場をとる結果運送人においてこれを受忍すべきものとされる性質のものと考えるのが相当である(ただし、具体的にある二重訴訟が国際民事訴訟法理に照らして許容されないものかどうかは以上とは別個の問題である。)。

(四) したがつて、原告らは、被告が主張するようにワルソー条約二八条一項所定の四か所の土地のうちいずれか一の裁判所にしか訴えを提起できないものではないといわなければならない。

三以上によれば、被告の本案前の主張は理由がないから、主文のとおり中間判決する。

(裁判長裁判官髙橋欣一 裁判官信濃孝一 裁判官髙野輝久は転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官髙橋欣一)

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